昔から猫が好きだ好きだと言っていたけれど、
近年は犬にもだいぶ心を奪われている。

えっ?

そうなんですか?
いや、もちろん一番はあなたたちだけれども。
大きい犬をもふもふしたい衝動に駆られる。
何より一番は、猫と犬の共存をそばで見たい・・・
ソファやベッドで、くっついて寝ちゃったりなんかして。
毛繕いしてあげちゃったりなんかして。
愛おしいもふもふともふもふの
二乗だなんて・・・なんて幸せなんでしょう!
なーんて夢はほのかにあるが、
あいにくうちのマンションでは、
これ以上動物を飼うことはできないので、おそらく無理だろう。
近所で犬のお散歩をしている人はたくさんいるので、
それを見ていつも一人で妄想している。

犬といえば、うちのお店のテラス席にも、
しょっちゅう色々なワンちゃんが遊びにきてくれる。
それが楽しみで仕方ない。
大きい子に小さい子。
洋服を着たり、サングラスをかけている子。
警察犬のたまごだったり、地域パトロール隊の子。
「今日はテラス席わんちゃん予約入ってるよ」
と姉に言われると、
どんなワンちゃんが来てくれるんだろうと、ワクワクワクワクする。
大人しくしている子、飼い主さんの抱っこじゃなきゃ嫌な子、
ベビーカーで寝ている子、飛びついてきてくれる子、
みんな個性は様々だ。
どの子もとても可愛くて、とても癒される。
そして、どの子も、飼い主さんとの絆をとても強く感じる。
エビスの話

昔からうちの店に来ていた、
地域パトロールをしているエビスという犬がいた。
色がうちの猫と同じ色だった。
「レモンイエローっていうんだよ。この色。」
と話す飼い主さんは大森さんという50代くらいの女性。
サバサバっとしていて、だけどとても面倒見が良くて、
私たち姉妹のこともよく気にかけてくれていたし、
新作のデザートが出た時はいつも電話をくれて、
エビスと一緒に来てくれた。
旦那さんはいるけど単身赴任か何かで、
いつもいるような感じではなかった。
お子さんがいるかいないかについては、よく知らない。
大森さんから話してくることがなかったので、
私たちからも何も聞かないのだ。
とにかく大森さんはいつもエビスと一緒で、
側から見るとまるで本当の親子のように会話をしていた。
大森さんは人間に話すのと同じトーンで、
同じスピードで、普通にエビスに話しかける。
エビスもその言葉の全てを理解しているようだった。
エビスは人が大好きで、しっかりもので、
だけど大森さんには甘えん坊で、
地域の人たちにもとても親しまれていたようだった。
私たちにもよく懐いてくれていて、
エビスは散歩の途中に大森さんのリードを引っ張って、
うちのお店まで来ることもあったそうだ。
私はエビスが大好きで、
仕事中なので触ったりはできないけれど、
とにかく、大森さんとエビスのやりとりを、
そばで見ているのが好きだった。
ニコイチとはこういうことを言うんだろうな、と思っていた。
エビスは大きいサイズのビーグル犬で、
大きいけど大森さんの膝によく乗っかっていた。
私がデザートを運んでくると、嬉しそうに尻尾を振った。
病気

何年も通ってくれていたが、エビスもだんだんと歳をとり、
目の調子が悪くなり、初めはサングラスをかけながら来てくれていたが、
次第に数が減り、ぱったり姿を見せなくなった。
「最近大森さんとエビスに会ってないね。」
と姉と話していた頃、
久しぶりに大森さんから電話があった。
「久しぶり。実はエビス、癌になってしまったの。
それでね、治療をしているからなかなか行くことができなくて」
とのことだった。
病院の薬ではなかなかよくならず、
色々調べて、海外の抗がん剤を取り寄せて使ったり、
とにかくできる限りの手は尽くして、
つきっきりで世話をしている、
ようなことを話していた。
私たちはそれを聞いても何をすることもできず、
ただ、ただエビスが元気になりますようにと祈るしかなかった。
テラスにわんちゃんのお客さんが来るたびに、
私は大森さんとエビスのことを考えた。
別れ

エビスが亡くなったことを聞かされたのは、
それから1年後くらいのことだった。
ある日、
「予約お願いしてもいい?一人なんだけど」
と大森さんから電話があった。
「久しぶりに食べられたよー。」
と、嬉しそうに食べながら、エビスのことを話してくれた。
治療をよく頑張っていたこと、
薬が効いて、途中は癌が小さくなりかけたこと、
最後は、静かに息を引き取ったこと。
「なかなか来れなかったんだよね。悲しませちゃうかなって思ったからさ。
エビスのこと、よく可愛がってくれたでしょう」
と大森さんはいつもと変わらない笑顔で言った。
自分の悲しみではなく、私たちへの配慮をしてくださる大森さんに
「エビスがいなくなってしまって、大森さん、大丈夫ですか・・・?」
と言う言葉がでそうになったけれど、大丈夫なはずがないし、
どの言葉を紡いでも、適切な言葉ではないような気がして
大森さんの話をただ、うんうんと聞くしかなかった。
大森さんは私たちが会っていなかったこの一年の間に、
きっと色々な感情を整理したのだろう。
そして乗り越えたのだろう。
話をしていると、
乗り越えたというか、大森さんと言う人が、
命を持っている限り、いつかお別れが来ることも全て自然なこと
と理解している上で
元々一緒にいたのかもしれないな。とも思った。
大森さんは、前と何にも変わっていなくて、
ただ隣にはエビスがいないだけだった。
「またいつでも、お待ちしていますね。」
と笑顔で挨拶をした。
再会

それから数ヶ月後の、白い息の出る季節。
店の閉店後にちょうど新作のフレジエを仕込んでいる時、
トントン
とノックがした。
大森さんが、エビスと一緒にいる。
夢かと思った。
大森さんは息を切らして、
「やっと連れて来れるようになったーと思ってさ、
灯りがついていたからちょっと寄ってみたの!」
エビスはなんだか興奮していて落ち着きがない。
大森さんに説教されている。
私たちが呆気に取られていると、
「エビスが亡くなってからしばらくしてね、
ある日夢にエビスが夢に出てきたのよ。」
と大森さんが話し始めた。
夢に出てきて次の日の朝、ふと
エビスと出会ったペットショップのホームページを開いたら
エビスそっくりの子犬が販売されていて、
その子の詳細を見たら、もともと持っている体質、アレルギーなど
全てエビスと一致していたそうだ。
急いで電話で問い合わせたら、この子は持病があって、
今販売できない状態だと言われ、それでもいいから
何がなんでも引き取らせて欲しい。
と言って半ば強引に引き取ったのだそうだ。
「だからさ、もう、アレルギーひどくて!エビスと一緒!
それにまだ子犬だから、やんちゃで躾が大変だよ。」
と、ジタバタしているエビスを落ち着かせながら大森さんは言った。
みんなが思っていることは同じだった。
私はもともと、占いもスピリチュアルも全然信じてないけれど、
「エビスが生まれ変わって、また大森さんに会いにきたんですね」
と姉が言った。
「夢にまできてさ、早く迎えにこーい!って言ってたんだろうね。
だから、名前は、エビス。」
と大森さんは笑った。
大森さんはいつもと同じで、少しも変わらない。
でもきっと、私よりもはるかに色々なことを経験していて、
色々なことを知っていて、強さも、優しさも持っている。
エビスが人懐っこく、近づいてくる。
よく見ると、少し小さい。というか、だいぶ小さい。
でも、レモンイエローだ。
「これからも、よろしくね、エビス。」
というと、エビスは顔をぺろっと舐めた。
まだ意思疎通がままならない二人の後ろ姿を、
希望の眼差しで見送った。

エビスが生まれ変わったのか、会いにきたのか、
ただの偶然なのかはわからない。
でも、ここにいる大森さんとエビスが、
愛に満ちているのはわかる。
この時間が少しでも長く、穏やかに続きますように。
そう願わずにはいられない。
最後に

私は、昔から猫が好きだ。
そして、近年は犬にもだいぶ心を奪われている。
彼らはもふもふと癒しをくれるだけではなく、
人間とは違う、短い命をもっているからこそ
命も時間も有限だと言うことを教えてくれている。
私たちはつい、それがいつまでもあると思ってしまう。
明日突然なくなるかもしれないし、
とっても長く続くかもしれない。
どうなるかは誰にもわからないけれど、
いつなにが起きても、
なるべく悔いの残らないようにしたい。
たとえば、娘が「行ってきます」の時は、
必ず顔を見て「行ってらっしゃい」と送り出したい。
毎日、猫たちの感情をキャッチして過ごしたい。
そして何十年先のことを全く考えないわけではないけれど、
今、自分がどうしたいかを大事にしたい。(その中に未来のビジョンがあったりはする)
余裕がない時もあるけれど、
なるべく、そうやって一つ一つの瞬間を
大事に生きていたいと思っている。
おまけ

れもんいえろー、すてきでしょ。



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